La Patata Dolce



カテゴリ:コラム(政治)( 38 )


SEALDsの国会前抗議活動に参加して感じたこと-可能性と違和感-

8月21日(金)に国会前で行われる安保法案に対するSEALDs(自由と民主主義のための学生緊急行動)の抗議活動に参加してきた。
私はこれまで国内外の社会運動に市民社会側として触れてきて、日本における市民活動の特異性を感じてきた。今回は、SEALDsの抗議活動に参加して考えたことを記しておきたい。

【時間がない人のためのまとめ】
・革新であろうが、保守であろうが、生命に対する脅迫や権利侵害などの例外を除いて自身の考えを公の場で発信することは、民主主義の重要な参加形態だと考える。
・SEALDsをはじめ、若者が社会参加していることは望ましい。大きな活動にしていくためには、人数を増やしていく必要がある。
・「安倍辞めろ」というメッセージでは勝てるようには思わない。対話を前提としていないメッセージは日本社会の話し合いをしない、分断を表しているようだ。


私は、基本的には、違憲という憲法学者の判断や多くの人々の認識がある中で進めていることに問題意識をもって、参加を決めました。よって、私は「戦争反対」や「安倍首相の退任」を第一義的に求めているわけではありませんでした。
よって、自作のプラカードもこんなものを持っていきました。
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"国家が自ら定めた法にそむいて個人の権利を侵そうとした時、それに盲従するのは市民としてはむしろ罪悪だ。なぜなら民主国家の市民には、国家の侵す犯罪や誤謬に対して異議を申し立て、批判し、抵抗する権利と義務があるからだよ"(銀河英雄伝 ヤン・ウェンリーの言葉より)


日本のデモを巡る偏見
日本ではデモや署名に対するイメージはよくない。きわめてよくない。
マハトマ・ガンジー、キング牧師、ネルソン・マンデラといった偉人たちのイメージはすこぶるよく、彼ら全員がデモをはじめとした市民活動を通じて社会変革を達成してきたにもかかわらず、日本ではデモや署名などに対するイメージが悪い。
私は学生時代や仕事柄、各国の社会運動に触れているため、人々が行動して社会を動かすという活動が好きということもあったので、デモと聞くとわくわくするのだけれども、そんな人は多くないだろう。


しっかりしているウェブサイトの主張
今回、SEALDsの活動に参加をしようと思ったのは、立憲主義をはじめとした民主主義の価値観を強く打ち出しているウェブサイトや学生たちのスピーチ内容をウェブを通じて読んだためだった。また、SEALDsの中心メンバーやそこに集まる人たちの熱気に触れたいという気持ちもあった。


意外に若者は少ない?
現場である国会議事堂前について思ったことは、意外に若者が少ないということだった。もちろん、学生の中には、若者以外の年齢の方もいるのかもしれないが、ウェブで発信されているような多くの学生が参加するというよりも、中心となる学生を中心にそれを支援する中高年やその他の少数の若者が集まっているというようなイメージだった。(もちろん、8月21日だけがそうだったのかもしれないけれども。)


メッセージに困る
抗議活動が始まると、「憲法を守れ」「廃案」「戦争反対」「安倍辞めろ」などの掛け声があった。
これが非常に困った。
私の場合、確かに、安倍首相の進め方は憤りを覚えるけれども、首相を取り換えるというよりも、憲法を順守し、手続きに則って民主主義として進めてほしいというポジションであるため、「安倍辞めろ」については掛け声に参加することができなかった。(1、2度釣られたことあったけれども。)
また、こうした彼らの主張を聞いていて、自民党内や法案の求めている内容自体には賛成しているものの、プロセス自体に懸念を持っている人が聞いた際に、SEALDsの活動に参加することはないだろうと感じた。
掛け声の合間のゲストスピーチや学生の発言から安倍首相個人に対する失望や場合によっては馬鹿にしているような発言、そう感じ取れる場面があった。
自民党が多数派の国会において、このようなメッセージで多数派を構築できるとは思わないし、そもそも、安倍首相そのものを退陣に追い込むという認識のようで、安倍首相の行動を変えるという思考は抱いていないように感じた。(安倍首相の方も「安倍辞めろ」と言っている人たちについては、次の選挙で取り込める相手とは認識しないだろうし、そうした声を聞こうとはしないように思われる。)


主張できないデモ参加者?
私は21日は夜に予定もあったので、途中で抜ける必要があった。
ただ、主催者から声が出そうだと思われたのか、メガフォンを渡されていた。渡される際に、声でそうな人で回してほしいと言われていたので、私は抜ける前に周囲の方々に「抜けるので使って下さい」と伝えたのだけれども、全員に断られた。中心にいない参加者は(若者でなかったりしたこともあって)声を出したり、主張したいとは思っていないのかもしれない。


日本における対話の断絶
SEALDsのデモを通じて感じたことは断絶だった。
SEALDsのデモ参加者のメッセージを聞けば、そもそも安倍首相の考えを変えようという意思は感じることはできなかった。異なる意見の人々とそれぞれの立場を主張し、(賛同できないとしても)その違いを理解していくというプロセスやそのための努力を感じることができなかった。 もちろん、SEALDsの側だけにそれを求めるのもフェアではないが、戦略的に今のメッセージでは、より大きな運動にはできないように思う。
既存の自民党支持者や法案の主張内容には支持をしつつもプロセスに懸念をしている立憲主義を重視している人々を巻き込めないのは大きな損失だと感じた。

誤解のないように言えば、私はSEALDsのメンバーには概ね好感をもっている。
自分事として社会的に活動をするその姿は非常に好感をもてる。
今回の抗議活動に参加して感じたことは、むしろ彼らの問題ではなく、私たちの日本社会における対話の断絶という問題だった。これはかつて、模擬国連というディスカッション・サークルに学生時代に入っていた時にも感じたことだけれども、日本社会に生きていると同じ主張の人で固まることは多くあるが、異なる主張の人と対話をする機会が圧倒的に少ない。異質なものは排除して考えがちなように思える。
こうした環境を変えていかなければ、本当に対話を通じて、社会をよくしていくことはできないのではないかと感じる。18歳選挙権も始まる今、私たちは、一人ひとりが行動して社会を変えていくこととともに、対話を通じて、お互いを理解し、答えを導き出していくことを血肉化しなければならないと感じる。

また、今回のように社会的な課題に対して人々が立ち上がり、運動を組織したことは素晴らしいことだけれども、これをさらに広め、民主主義の根幹を高めていく必要がある。
アメリカ、ミズーリ州で白人警官によって黒人が暴行を受け死亡をした。その後、全米で大規模なデモが起こった。沖縄では米兵による女子中学生への暴行が発生しても、本土では大規模なデモは起こらなかった。また、シリアやウクライナに関する抗議活動に参加する人々は非常に少ない。日本では、共感性を育む機会が少なく、自分事と他人事の壁が非常に高い。

おまけ(安保関係の私見)
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by smile-and-happy | 2015-08-23 16:09 | コラム(政治)

ハラケンのブログからシルバーデモクラシーを考える

友人のハラケンさんが「シルバーデモクラシー」に関する記事をブログにアップしていた。
内容を読んでみると、概ね同意できる内容でした。

少子高齢社会にも関わらず民主主義の活性化を行わない状況が「シルバーデモクラシー」である
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私はハラケンさんとは違った視点で2点、日本社会の構造から話を進めたい。
1.「若者にも」意見を求められない社会
2.縦と横のつながりが喪失した社会


1.「若者にも」意見を求められない社会
ハラケンさんは、若者が投票にいきにくいという現状を掲げていた。私もそう思う。その中で、若者が感じる無力感もさることながら、若者だけでなく、社会の意思決定についての考えを聞いてもらえていないのではないか。 人々はサービスの受け手であって、担い手という認識が広がっていることもあるのではないかと思う。
意見を問われるよりも、指示を待つ。答えを考え出すよりも、与えられた答えを暗記する。そういった教育環境の中では、そうした受動的な姿勢も育ってしまうのではないかと思う。
以前、学校の先生と話した時にこんなことを話していた。
「どんなに学校で主体性を伸ばそうとしても、学校外で指示を受け、その子どもが自ら選択していく環境を奪われてしまうと限界がある。」

私は国際協力の仕事をしていて、中高生で活動している子どもをよくみる。抜きんでたリーダーシップで活動をしている。こうした子どもには傾向があり、高い確率で両親のどちらかが外国出身の方である。子どもにその自主性を求め、生まれた存在から1個人として接している教育的な方向性もそうした参画意識を育てるのではないか。

人間は問われ、自ら考えることで成長するものだと私は思う。
外的な気づきよりも内的な気づきこそ、新の変革を生むのだろう。


2.縦と横のつながりが喪失した社会
もう一つ言えることがある。
例え若者が選挙に行かなくても、シルバー世代が若者の声を代弁できることもあるだろう。ただ、日本社会では、それが大幅に難しい社会となっている。

先日、アメリカの姉妹団体で働く米国人の友人夫婦が来日し、東京案内をした。友人は40代であるが、お互いに親しい友人だと思っている。日本では、「先輩」文化もあり、世代を超えた親しい友人をつくることが難しくなっているように感じる。そうした中でウェブで出される誤った情報(人を助けない若者、内向きな若者、自己保身のシニアなど)が世代間の断絶を広げているように思う。

諸外国などにある地域コミュニティであれな、世代を超えた親しい関係を軸に身の上話からそれぞれの抱えている課題を共感と共に感じ、知ることができる。それゆえ、自身の状況だけでなく、周囲の関係性から社会に対する要望が構築される。

こうした日本の現状をさらに悪化させていることに、<b>「中立性」の神話と<b>政治的活動と政党的活動の混同が垣間見れるように感じる。
なんでもかんでも中立がよいものだと思っている人が、特に若者には多い。(あくまで所感)
こうした状況を生んでいる理由の一つに、政治活動と政党活動の混同があるように思う。特定の政党に依らない、社会の在り方や方針についての政治活動に関しての規制が強すぎ、身の回りでそうした社会の在り方について話し合う機会が圧倒的に少ないことがあるだろう。
また、レッテル文化とも所属文化ともいえるのかもしれないが、自身が投票していない議員であっても「地区の代表」としてコミュニケーションをとる欧米圏とは異なり、一切コミュニケーションをとらなくなる人が多いことも日本の特有の現象としてあるのではないかと思う。(そもそも政治とコミュニケーションとりたがる人がいないのかもしれないが。。。)

ハラケンさんは、若者への関心をあげるための松山での取り組みを紹介していた。 私もそういった取り組みは重要だと思う。
その上で、私は多くの市民社会組織が行うべきこととして、分断した社会を紡いでいくこと、多様な人々が話し合える場所をつくっていくことをあげたい。
人は人によってこそ変わる。そうした環境をしっかりと作っていくことが重要だろうし、近年のボランティアブームの中にある「つながり」を求める人々の欲求も、本来的にはそうした環境の不在があるのだと私は考える。
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by smile-and-happy | 2015-05-20 23:57 | コラム(政治)

道徳教育

イスラム国における邦人殺害予告とそれを巡る人々の反応を垣間見て怒りと怖さを感じた。
保守や革新、いろんな意見の人がいるだろうけれども、テロの前はその人の生命の危機に対して連帯すべきだと思う。
首相の行動を批判したい気持ちはわかるけれども、それは今すべきことではないように思う。政府をただ批判するだけの人をみると、この人は救出よりも政局にしたいだけなんじゃないかって思ってしまう。
拘束されている方が業界内の近い人ということもあって、今回の現象に怖さを感じている。

殺害予告の映像をコラージュした人がいるそうだ。それを風刺という人もいるが、人の命がかかっていて、その危機がある状況で、果たしてそれが正しい行いなのか、私は違うと思う。
ただ、いいねやLikeがほしいだけなんじゃないかって。
日本は黒船来航時に詠まれた短歌のように粋な心意気をもった風刺文化は失われてしまったのかもしれない。

自己責任。
人間は誰もが本質的には自己責任のもとで生きている。それは当たり前のこと。
でも、ここではどうも違う意図で使われているみたい。
すべての行動は自己責任の元にあるものの、だからといって、国家が国民を守る役割を果たさなければ、それは社会契約が破綻し、国家が国家としての正当性を失う時だと思う。
自己責任の議論に関しては様々な考えがあるかもしれない。でも、立場が違ったとしても、「死ね」という言葉を言える人がいることが悲しい。
やはり、日本社会では人権に関する考えや生命の大切さが教えられてこなかったのだなぁと思う。

ある人は、日本人らしく舌を噛んで死ね、敵に捕まる前に腹を切れと言う。
太平洋戦争で本当にそうした司令官級の人々はどれくらいいたのか?少なくとも、多くの戦争指導者は自決せず捕まった。また、逃亡したり、罪をまぬがれ、戦後に政治家になったものも多い。
いつもこういう言葉に踊らされ、バツをみるのは弱い立場の人々だ。
陸軍の特攻隊で多くの仲間を失いながらも、出撃前に敗戦を迎えた大叔父が「俺は死にたかった、生きてることが申し訳ない」と生前話していたことが耳に残る。

日本社会は高度経済成長と急激な産業の都市集中の中で、社会が分断され、共感性を著しく失ってしまったように思う。道徳教育を考えるのであれば、愛国なんかじゃなく、人間としての根源から考える必要があると思う。

みなで祈る。それでなのが変わるかはわからない。でも、それができなくなってしまった社会を悲しく思う。

追記
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by smile-and-happy | 2015-01-26 20:46 | コラム(政治)

ガザに対するアクションから見る-他人のために行動すること-

欧州やアメリカではイスラム系に限らず、市民が街に出てイスラエルのガザへの攻撃に対するデモを行っている。中には反ユダヤ主義的な危険なものもあったようだが、実際にアメリカ人の知り合いがデモに参加している写真をFacebookに乗せており、平和的なデモが基本的には行われているように思える。

その一方で、日本国内を見るとFacebookで写真を投稿したり、共有する人は多くいても、実際にデモに参加する人は少ない。イスラエル大使館前の300人程度のものがほとんどだ。

なぜ欧米では、ガザのために人々は行動し、日本人は行動しないのか。
それは社会に対する認識と行動に関する価値観が日本では諸外国と違うのだろう。

社会を変えるといった時に、それは他人の社会ではなく、自分の社会を示す。
よって、社会に対して関心を払い、行動していくことは、自分自身がどのような社会を望み、そのために行動するということなのだろう。

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by smile-and-happy | 2014-08-04 23:21 | コラム(政治)

集団的自衛権を訴えて、バカみたいに声を上げてデモをしても意味がない?

バカみたいに声を張り上げてデモをしても意味がない
集団的自衛権を巡る議論の際に、特に学生などの若い層からそんな声を聞くことがある。非常に残念だ。
彼らには、デモは感情的に映るのだろう。意味のない行動に移るのだろう。
私が失望するのは彼らではない。若者にこうした行動が「バカみたいな行動」だと思わせてしまっている社会構造に失望している。

ガンジー、キング牧師、マンデラ、みなデモを行い、思いを見える化することで人々の賛同を得て、社会を変えてきた。
こうした過去の偉人に関しては、多くの人々が好感を持つにもかかわらず、デモ、殊に左右のイデオロギーが関係する課題となると、人々は嘲笑にも似た視点をもってしまう。

デモを批判する若者が悪いのではない。
社会問題とは何か、そして、社会を変えるには何が必要なのか。そうしたことを身に着けることができないこの環境こそが憎い。

知識がなければ話すんじゃない
同じく、集団的自衛権を巡る議論でよく聞かれたのが、「リサーチもしっかりせずに感情のまま声を上げも意味はない。しっかり調べよ」というもの。
一見、真っ当な意見に見えるけれども、私はこの考え方は非常に怖い。

それは、知識がなければ話をすべきではないということであるし、ましては、選挙民教育がなく、報道体制が異質な現状では、それは社会参画を阻害しうることだと考える。

先日、アメリカ人と話していて、友人の通っていたアメリカの高校では、政府の役割や選挙についてしっかり学ぶという話を聞いた。日本ではどうだろう。選挙制度や選挙民としての教育は誦分とは言えないのではないか。人類の歴史は以下のことを示している。権力を有する者は自身の権力を持続させるために制度を構築する。そう、アメリカで少数民族や移民2世が有権者登録のハードルが高いことと同じように、日本における現状にも課題があると感じている。

冷戦から脱却できていない日本
私は、基本的には中道左派だ。ただ、中道左派が支持できる政党は今のところない。
集団的自衛権であっても、原子力であっても、左右のイデオロギーが強く、特にメディアに上る情報ではレッテルが多く、対話環境が築きにくい。
*実際に政治意識改革に取り組む友人によれば、実際の国会は、与野党の対話と協調が多く、我々のイメージほど対立ばかりということはないようだけれども、こと安全保障などの点では、共通する目的を軸として、その上での異なるアプローチに関する論議に至ることができていないように思う。

イデオロギーや社会的認識に縛られてしまい、若者一人ひとりが自信をもって社会参画をできなくしてしまっている現状が憎い。

絆がある国では、「絆」なんてフォーカスしない
先日までアメリカのボストンに行っていた。そこで感じたのはアメリカは個人社会と言われながらも人と人の関係を非常に大事にしている。
地下鉄に乗っていて駅で一人の女性が車両に乗ってきて、「この電車は〇〇駅までいく?」と不特定多数に話しかけた。そしたら、5-6人が一斉に彼女に返信した。
日本ではこうはいかないだろう。

日本社会は、協調というよりも、世間体を気にする社会のだと思う。
助け合う農耕村社会を基軸としながらも高度経済成長とそれに伴う都市集中によって助け合いの文化が後退し、世間体に対する非常なまでの配慮のみが残ってしまったように思う。


(なお、私のポジションは集団的自衛権の拒否でも、容認でもなく、その審議プロセスに国民が参加し、銅のような結果であれ、国民一人ひとりが責任を負うことが望ましいと考えています。てめーのけつはてめーでふく。原子力発電に関しても、どちらにしても自分たちでリスクを負って、自分たちで選択すべきだと思っています。そうしないと、いつまでたっても誰かのせいしてしまうのだから。)
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by smile-and-happy | 2014-08-03 02:48 | コラム(政治)

This Is What Democracy Looks Like

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マハトマ・ガンジー、キングズ牧師、ネルソン・マンデラに対して、よい印象を持っているとして、以下の映像を見て不快感を感じたり、立ち止まった方がよいと思う。

あるいは、以下の映像で見られる人々の行動が本質的に上記の三人が行った活動と違うものと思っているのであれば、立ち止まって考えた方がよいだろう。

なぜ不快感を感じるのか、その感情はどこから来るのか、振り返った方がよいと思う。
この投稿が左翼的、政治的だと感じているのであれば、それがどうしてそう感じたのか、逆を言えば、何がそう感じさせ、そこに誰かの意図はないのかを考えてもいいだろう。


世界を変えるのは明日でも、昨日でもなく、今どうするか、そして、どう社会に自分が向き合うのかだと思う。

↓少し重い動画↓

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by smile-and-happy | 2013-11-05 00:20 | コラム(政治)

若者ソーシャル60人会議

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若者ソーシャル60人会議に参加してきた。
私用が午後にあり、全部参加はできなかったけれど、いくつか学びはあった。

まず、ソーシャル世代という言葉に関して、私は特に主催者側の定義するような特徴*を今の人たちが持っているとは思っていない。どちらかというと、以前、Generation18デービッドが来日した際に言及していた発信能力を皆が持ったのだと思う。
*ソーシャル世代:社会のことを当たり前のように活動をする世代

今回の会の目的として、「知る、考える、横でつながる」をあげていた。以下、それぞれの団体の方のプレゼンテーション及びその所感を記載し、その上で、全体として感じたことを記す。

まず、プログラムは、「ゲストトーク⇒ワールドカフェ⇒交流会」問い流れだった。また、ゲストトークは、プレゼン(10), インタビュー/質疑応答(10-15), ペアで感想共有(3)という流れで4つの団体が活動紹介した。
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◉ぱぱとままになるまえに
「ぱぱとままになれることを夢見れる社会をつくりたい」という気持ちで立ち上がった。
学童保育に仕事で関わる中で、対症療法ではなく、根本的解決をしたい。これからの家族のロールモデルを見つけられる場所づくりをしたいという思いがあった。

原体験と問題意識
自身の両親の不仲と周囲の親とのギャップ、学童保育に関わる子どもが廃棄弁当を食べていたことがショックだった。どうしようもない感情がでてきた。

所感
⇒原体験を聞くことは重要。活動が持続するうえで、こうした原体験があることは重要だと思う。

◉youth for 3.11
震災に何かしたいという思いがあるが、経費などでいけない既に何かしたいと思っている人を対象に活動を開始。

活動で変えたかったこと
ボランティアという言葉を変えたいと思った。ボランティアという言葉の裏側にあるムズムズ感を変えたい。
日本はボランティア活動率が低い。でも、災害も多い国。
ボランティアにブレーキが掛かる社会風潮。
ボランティアという概念を変えたい。自分のために活動する、それでもいい。
言葉を変えるだけではダメで、文化をつくっていかなければならない。

諸外国でボランティアが盛んで、日本でムズムズ感がある理由
関わる機会が限られている。経験することでしか変わらないのではないか?

所感
⇒彼は、諸外国における社会正義概念(正しいことをする)やミッション意識に変わる根底として、新たな価値観を提供したいと思っているのかもしれない。そういう方向性もありだと思う。なお、私は社会正義という考え方を広げるアプローチを支持している。
⇒日本は他者と関わる機会が少ないのではないか。
⇒社会の認識を変えるのは、社会の構成員として一人ひとりの認識を変えなければならない。現在行っている活動のコミュニティづくりがは、その点に寄与できるのではないか。
⇒活動は楽しみながら行えればいい。
⇒強い偽善への嫌悪、社会正義やミッション意識という根底面での欠如、コミュニティを介した人と人のつながりの弱さ、そうしたことが社会のボランティアに対する認識をつくっているにではないか。最終的に行動する上で、一人ひとりが内面に社会のおかしいを変えたいという気持ちに依拠するのではないか。

◉3 Keys
子どもをめぐる状況と生きる力の重要性。
所得で決まるキャリアへの問題意識。
そこで、学習支援と啓発活動を開始。
政府や企業を動かすために啓発活動する。

原体験
学生時代にOVALに所属。
「物質的に豊かすぎる日本で新しい商品をつくる意味があるのか?」この問いを考えてきた。
人と人のつながりが希薄化している中で、物質的に満たされることに違和感。
ボランティアや寄付は、共助。ただ、コミュニティが広がりすぎたため、助け合う機能が減少した。
「生活保護受けて指差されるくらいならば、水商売した方がまし」
公助に対する嫌悪感が日本にはある。

政策変更の働きかけとして、セミナーなどの手法をとっている理由
当初は政府に直接向かって行ったがうまくいかなかった。組織に属している個人を対象にする戦略をとっている。なので、個人が上司に話をする際に巻き込めるようちゃんとした人を講師にし、場所やチラシも工夫している。

所感
⇒日本はスタートラインに格差があるにもかかわらず、強烈な自己責任と偽善への恐怖、助けられることへの嫌悪感がある。
⇒森山さんの考えの背景には、子ども時代の韓国やアメリカでの経験があるのかもしれない。考え方はとてもステキだった。

メモ
⇒3日に1人、児童虐待で人がしんでいる。

◉NPO法人底上げ
パーソナルストーリーから入っている。
高校卒業後、オーストラリアに留学、ビリヤードでプロを目指し、その後、大学に入学。ママチャリで日本一周していた。震災が起こったのは場所には、ママチャリでお世話になった人たちがいた。
就職が決まっていたが、しょうがないで終わらしたくなかった。
コミュニティでの経験で、内発的変化の可能性を強く感じた。
東北の子どもは、震災の経験もあって、よく考えている。
若者の諦めがすごかった。それを変えたかった。そして、過疎化が進む中でのロールモデルをつくりたい。
行動はメッセージ!

所感
⇒矢部さんの人柄が情熱的で素敵だ。
⇒矢部さんの答えありきの日本社会への見方は私と同じだ。
⇒矢部さんは思いを常に打ち出しているため、周りのサポートを得やすいのかと思います。
<<午前の部終了>>
*午後途中退出のため、参加した話し合いに関してのみ、以下記載する。

「あらゆる社会問題の解決のために、人が行動するためには何が必要か」をテーマに話し合いを行った。ここで考えるべきは、社会問題とは何かということである。
社会問題とは、国内外にかかわらず、社会に関係する問題であり、そこでいう社会とは人と人、つまり、複数の人間で構成される環境だと考える。
そうすると、社会問題とは、人間が行動した結果、あるいは、行動しなかった結果、発生もしくは、悪化した問題であり、人によって生まれているものであると思う。よって、人間が行動することで解決できるのだと思う。

では、人が行動する上で必要なものがなんだろうか。私が参加したテーブルでは、以下のような考えが出てきた。
・感情の動きを伴う原体験とそこから生じる問題解決に対する情熱
・過去の経験(教育、育った環境など)から派生する現状に対する問題意識、違和感
・人々が動けば物事は変わるという確信、過去の成功体験
・ともに活動すること仲間の存在
・周囲の人々に発信できるコミュニティなどの環境
・問題の背景と構造に対する理解

以前のポストと繰り返しになるため詳細には記載しないが日本では、社会的に他者に働きかけをし、ムーブメントをつくってルールを変えることで社会を変革するというモデルがオプションとして想定していない人が多い。多くの人が、他者へのコミュニケーションを想定せず、一人ひとりの個人としてできる、生活レベルの変化を考えがちだ。

アメリカ人の友人で、コミュニティからの変革運動に長年関わっているナンシーがよく言っていることだけれども、CHANGE takes time. すぐに諸外国のような市民感覚を持った運動が発生することはないだろうし、そうなることだけが唯一の道でもないだろう。(もちろん、私はアクティブ・シティズンシップが解決の道だと感じているけれども。)ただ一つ言えることは、本当に問題を解決するために、その原因を分析し、その解決のために根本的に必要なことが何かを考え、実践して行くことだろう。
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by smile-and-happy | 2013-09-23 20:13 | コラム(政治)

ICTと若者の社会参画

アメリカ大使館とYouth CreateがICTと若者の社会参画をテーマに「若者の一歩が時代を創る」と題してイベントをするというのでアメリカンセンター東京まで行きました。
今回は、アメリカでジェネレーション18という組織を立ち上げ、アメリカの若者の投票率上昇を目的とした活動を行い、2万5000人の有権者登録につなげたデービッド・バースティーンを招き、Youth Createの原田謙介さんの司会で話は進んだ。

今回の投稿では、トークライブの要旨とともに、私の見解を添えていきたい。

【要旨】
デービッドは、自身のパーソナルストーリーの紹介から話を始めた。パーソナルストーリーから話を始める手法は聞き手を入り込ませる上でとても重要であり、また、話し手と聞き手の距離を縮める良い方法でもある。
2004年の大統領選挙の際に、若者の投票率が低いことに驚きショックを受けたそうだ。この時彼は13歳で、問題の大きさと自身のできることで悩み、それでも何かできることはあると考え、若者の投票率がなぜ低いのかを明らかにしたいとビデオカメラを購入し、議員にインタビューに行き、それをまとめて映画を作ることしたそうです。
最終的に、100人以上の議員にインタビューができ(最初は年齢を隠してアポイントメントをとったそうで、また、なぜ議員になったのかなど思いを聞くこともしたそうです)、2008年の大統領選挙前の公開することができたそうです。また、若者の投票を訴える活動には、芸能人や報道機関など様々な人の協力を得ることができたそうです。
彼が終始強調していたことは、10年、20年前とは異なり、今は情報を発信することができること、政治によって私たちの生活に関わる重要なことが決められていること、私たちは社会を変えて行くことができることであり、思いを対話して行くことの重要性を示していました。
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【私見】
2004年の大統領選挙といえば、怪しい開票結果により民主党候補のジョン・ケリーを降して、ブッシュが2選目を勝ち取った選挙である。アメリカ人の友人で、アクティビストの仲間によれば、あの選挙結果は最悪だったが、それを機会として多くの若者が政治に関心を持つようになったと語っていた。
当時13歳で選挙権を持っていないデービッドはおそらく、非常に歯がゆい思いをしたのだろうし、その思いが活動の原動力になったのではないかと推測される。

彼の発言に関しては概ね賛同したが、彼の方法をそのまま日本に輸入すれば日本でも社会変革が起こるのかといえばそれは違うだろう。デービッドを行動に向かわせた環境が何か、デービッドが行動した時、デービッドを支えた人々の存在の有無、社会で共有されている一人ひとりのパワーと民主主義に対する認識の違いはないか、そうした点をしっかり見て行く必要がある。

質疑応答の際に、幸運にも指名を受けたので、以下の質問を行った。以下要約する。

"日米の若者に「君は社会を変えられると思うか」と尋ねるとアメリカの若者は「そうだ」と答えるし、他者、社会に対する働きかけやムーブメントをつくろうとする。そこには公民権運動やウーマンリブなど社会を自分たちで変え、作ってきたという認識があるように思える。仕事の関係で日本各地でワークショップを行った時に同じ質問をしても、変えられると答える若者は少ない。また、変えられると答えたとしても、その変化は自分の身の回りの変化であり、他者への働きかけやムーブメントが含まれることは少ない。あるいは、社会は変えられる、でもそれは今じゃなく、近い将来だったり、企業をして変えるなど、今の若者として変えられるという認識は少ない。これは歴史的な背景があるように考えている。質問は、自分が社会を変えられると認識する、つまり、若者をエンパワーメントするために情報以外で必要だと思うことはあるか?あるのであれば、それはなにか?"
というものだった。
私としては自分なりに答えがあったがアメリカで活動してきた彼の回答を聞きたいと思った。

彼の回答をまとめると以下のようになる。
"サクセスストーリーが必要。
それはシンプルな行動であって、自分が行動することで変わるという経験が必要。
たとえそれは、ハードルが小さかったとしても、自分が自信を持つことが大切。
そして、その活動は、楽しく、魅力的で、真面目すぎずポップであることも重要。
場合によっては、最終目標をあえてかかげずに、シンプルな活動をひたすら繰り返し、行動から目標を手繰り寄せることもあるだろう。"

また、彼は情報に含められるものとして、関節的であったが以下のものがあるとしていた。
"分析、対象者との関係性、共感"

しっかりとした現状認識を促す情報発信が存在し、その事柄が聞き手なぜ重要なのかが認識され、その解決に対する情熱や問題意識がわかってもらえることが重要なんだろう。これも完全に同意ができる。

最初の質問の回答にかんしては、私は成功体験、つまり、若者が自分の行動によって大きな変化を成し遂げたという経験をし、それが世代で共有されることが重要だと考えてきた。彼のサクセスストーリーもまさにそれに当たると思う。日本の場合は、過去の社会変革を社会全体で人々の力によって変わったものだという認識が強くなく、アメリカのようにはいかないこともあるだろう。ただ、それは不可能なことではなく、しっかりと一つ一つの活動を行い、協力して経験を積み重ねていけば達成できることだと考える。
彼の発言の中で、特に、最後のシンプルな活動の繰り返しを先に持ってくるというのは、なるほどと納得をした。

仕組みだけを取り入れてもダメで、メンタリティや認識を変えないと行けないという思いを強くした。

今回のトークライブでは、自分の見方についてある程度、デービッドが近い見方をしていたので元気付けられた。これからの自分の活動に学びを組み込み、社会変革を引き起こす仕組みをしっかりと作っていきたい。
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by smile-and-happy | 2013-09-20 22:28 | コラム(政治)

オーストラリアの国際協力学生団体のすごすぎるイベント

Facebookを開いてみると、先日出席したオーストラリアで開催されたフェアトレードに関する会議の参加者だった女学生からイベントの招待が届いていました。
明るい性格で素敵な女性だったので、迷うことなくイベントをチェックしてみると・・・

タイトル:援助関係者のための全国的なイベント
Aid Works! National Event

8月31日にVGenはオーストラリア中の主要都市でイベントを同時開催します。イベントの目的は選挙を前に、人々に援助効果という問題について深く知ってもらいたいと考えたからです。
On 31 August 2013 VGen will hold a National Event in capital cities across Australia to engage the general public on the issue of aid effectiveness in the lead up to the Australian federal election.

創造的で、可視化され、かつ相互交流のあるイベントを通じて、Vgenはオーストラリア中の人々に援助活動への理解を広めEnd Poverty署名への参加を求めます。
Through a creative, visual, interactive public event VGen will be asking the general public across the country to 'see the bigger picture' that aid works and sign the Movement to End Poverty petition.

場所 ブリスベン市内キングジョージ広場
WHERE: King George Square, Brisbane
時間 2013年8月31日10時-13時
WHEN: 10am-1pm, Saturday 31 August 2013

VGen(:Vision Generation)は、国際協力NGOワールドビジョンのユース組織です。
以前の投稿でもご紹介しましたが、オーストラリアでは、ワールドビジョン、オックスファム、そして、オークツリーが社会正義に対して活動をしているNGOとして、若者の中では人気が高く、特にVGenは構成メンバーが多い団体です。

日本では、選挙前にいくつかのNGOがこうした選挙公約に関連して国際協力を題材にイベントをすることはありますが、学生が主体の団体でこうした企画を行うことはほとんどありません。
日本における国際協力活動が「海外ボランティア」と「海外事業のための資金調達」に偏重しているからということもありますし、政策的なアプローチを嫌う環境もあると思います。

同じように欧米のユースの中で盛り上がりを見せている"Divestment"に関しても、日本では話題にも上がっていません。"Divestment"は、大学で行われている資金運用に関しての取り組みで、大学では学生から集めた学費などを元手にして、資金運用のために企業などに投資を行い、その運用利益で事業を拡大させたりしています。"Divestment"では、大学の資金運用の先として、地球環境を悪化させる企業や人権侵害を起こしている企業、倫理的に投資をすべきではない企業などに対して、学生が声を上げることで大学側に資金提供をさせない活動です。

Vgenの場合は、もちろん、ワールドビジョンからのサポートが入っているかと思いますが、日本でもNGOなどと協力して、社会に対してインパクトを与えるユースの活動がでてくるとよいなぁと期待しています。
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by smile-and-happy | 2013-08-20 16:20 | コラム(政治)

気候変動会議でのデモの理由


これだけみると、何で途上国の人々が先進国の行動を求めているのかぴんと来ないと思います。
なので、以下をみるとよいかと・・・






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by smile-and-happy | 2011-12-08 10:26 | コラム(政治)


スズキのブログ(日本語)だよ。個人のブログです。英語版はリンクからたどってくださいね。

by smile-and-happy
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