La Patata Dolce



SEALDsの国会前抗議活動に参加して感じたこと-可能性と違和感-

8月21日(金)に国会前で行われる安保法案に対するSEALDs(自由と民主主義のための学生緊急行動)の抗議活動に参加してきた。
私はこれまで国内外の社会運動に市民社会側として触れてきて、日本における市民活動の特異性を感じてきた。今回は、SEALDsの抗議活動に参加して考えたことを記しておきたい。

【時間がない人のためのまとめ】
・革新であろうが、保守であろうが、生命に対する脅迫や権利侵害などの例外を除いて自身の考えを公の場で発信することは、民主主義の重要な参加形態だと考える。
・SEALDsをはじめ、若者が社会参加していることは望ましい。大きな活動にしていくためには、人数を増やしていく必要がある。
・「安倍辞めろ」というメッセージでは勝てるようには思わない。対話を前提としていないメッセージは日本社会の話し合いをしない、分断を表しているようだ。


私は、基本的には、違憲という憲法学者の判断や多くの人々の認識がある中で進めていることに問題意識をもって、参加を決めました。よって、私は「戦争反対」や「安倍首相の退任」を第一義的に求めているわけではありませんでした。
よって、自作のプラカードもこんなものを持っていきました。
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"国家が自ら定めた法にそむいて個人の権利を侵そうとした時、それに盲従するのは市民としてはむしろ罪悪だ。なぜなら民主国家の市民には、国家の侵す犯罪や誤謬に対して異議を申し立て、批判し、抵抗する権利と義務があるからだよ"(銀河英雄伝 ヤン・ウェンリーの言葉より)


日本のデモを巡る偏見
日本ではデモや署名に対するイメージはよくない。きわめてよくない。
マハトマ・ガンジー、キング牧師、ネルソン・マンデラといった偉人たちのイメージはすこぶるよく、彼ら全員がデモをはじめとした市民活動を通じて社会変革を達成してきたにもかかわらず、日本ではデモや署名などに対するイメージが悪い。
私は学生時代や仕事柄、各国の社会運動に触れているため、人々が行動して社会を動かすという活動が好きということもあったので、デモと聞くとわくわくするのだけれども、そんな人は多くないだろう。


しっかりしているウェブサイトの主張
今回、SEALDsの活動に参加をしようと思ったのは、立憲主義をはじめとした民主主義の価値観を強く打ち出しているウェブサイトや学生たちのスピーチ内容をウェブを通じて読んだためだった。また、SEALDsの中心メンバーやそこに集まる人たちの熱気に触れたいという気持ちもあった。


意外に若者は少ない?
現場である国会議事堂前について思ったことは、意外に若者が少ないということだった。もちろん、学生の中には、若者以外の年齢の方もいるのかもしれないが、ウェブで発信されているような多くの学生が参加するというよりも、中心となる学生を中心にそれを支援する中高年やその他の少数の若者が集まっているというようなイメージだった。(もちろん、8月21日だけがそうだったのかもしれないけれども。)


メッセージに困る
抗議活動が始まると、「憲法を守れ」「廃案」「戦争反対」「安倍辞めろ」などの掛け声があった。
これが非常に困った。
私の場合、確かに、安倍首相の進め方は憤りを覚えるけれども、首相を取り換えるというよりも、憲法を順守し、手続きに則って民主主義として進めてほしいというポジションであるため、「安倍辞めろ」については掛け声に参加することができなかった。(1、2度釣られたことあったけれども。)
また、こうした彼らの主張を聞いていて、自民党内や法案の求めている内容自体には賛成しているものの、プロセス自体に懸念を持っている人が聞いた際に、SEALDsの活動に参加することはないだろうと感じた。
掛け声の合間のゲストスピーチや学生の発言から安倍首相個人に対する失望や場合によっては馬鹿にしているような発言、そう感じ取れる場面があった。
自民党が多数派の国会において、このようなメッセージで多数派を構築できるとは思わないし、そもそも、安倍首相そのものを退陣に追い込むという認識のようで、安倍首相の行動を変えるという思考は抱いていないように感じた。(安倍首相の方も「安倍辞めろ」と言っている人たちについては、次の選挙で取り込める相手とは認識しないだろうし、そうした声を聞こうとはしないように思われる。)


主張できないデモ参加者?
私は21日は夜に予定もあったので、途中で抜ける必要があった。
ただ、主催者から声が出そうだと思われたのか、メガフォンを渡されていた。渡される際に、声でそうな人で回してほしいと言われていたので、私は抜ける前に周囲の方々に「抜けるので使って下さい」と伝えたのだけれども、全員に断られた。中心にいない参加者は(若者でなかったりしたこともあって)声を出したり、主張したいとは思っていないのかもしれない。


日本における対話の断絶
SEALDsのデモを通じて感じたことは断絶だった。
SEALDsのデモ参加者のメッセージを聞けば、そもそも安倍首相の考えを変えようという意思は感じることはできなかった。異なる意見の人々とそれぞれの立場を主張し、(賛同できないとしても)その違いを理解していくというプロセスやそのための努力を感じることができなかった。 もちろん、SEALDsの側だけにそれを求めるのもフェアではないが、戦略的に今のメッセージでは、より大きな運動にはできないように思う。
既存の自民党支持者や法案の主張内容には支持をしつつもプロセスに懸念をしている立憲主義を重視している人々を巻き込めないのは大きな損失だと感じた。

誤解のないように言えば、私はSEALDsのメンバーには概ね好感をもっている。
自分事として社会的に活動をするその姿は非常に好感をもてる。
今回の抗議活動に参加して感じたことは、むしろ彼らの問題ではなく、私たちの日本社会における対話の断絶という問題だった。これはかつて、模擬国連というディスカッション・サークルに学生時代に入っていた時にも感じたことだけれども、日本社会に生きていると同じ主張の人で固まることは多くあるが、異なる主張の人と対話をする機会が圧倒的に少ない。異質なものは排除して考えがちなように思える。
こうした環境を変えていかなければ、本当に対話を通じて、社会をよくしていくことはできないのではないかと感じる。18歳選挙権も始まる今、私たちは、一人ひとりが行動して社会を変えていくこととともに、対話を通じて、お互いを理解し、答えを導き出していくことを血肉化しなければならないと感じる。

また、今回のように社会的な課題に対して人々が立ち上がり、運動を組織したことは素晴らしいことだけれども、これをさらに広め、民主主義の根幹を高めていく必要がある。
アメリカ、ミズーリ州で白人警官によって黒人が暴行を受け死亡をした。その後、全米で大規模なデモが起こった。沖縄では米兵による女子中学生への暴行が発生しても、本土では大規模なデモは起こらなかった。また、シリアやウクライナに関する抗議活動に参加する人々は非常に少ない。日本では、共感性を育む機会が少なく、自分事と他人事の壁が非常に高い。



安保法案をめぐる私見
・ 基本的には、原発を巡る問題と同じく、人々がその意思決定に主体的にかかわれていないことが問題であり、その帰結に対する意思を強くは持っていない。
・ 推進側の地政学的な見地から「集団的自衛権」が必要という主張や現行法の非常事態時の課題などは理解できる。
・ 平和主義の追求は不可能ではないが、そのための努力をしない状況で言説だけでは実践はできないだろう。また、周辺諸国との関係性も十分に鑑みれば、非武装中立という選択肢を現時点で行うことは難しいだろう。
・ 冷戦的関係性が残っている東アジアにおいて、また、国連の集団安全保障体制が確実に成立していない今日の状況にあって、個別的自衛権、もしくは、集団的自衛権を確立することは必要だと認識している。
・ 集団的自衛権よりも個別的自衛権の強化と同時に、国連における集団安全保障体制を許可するための安保理改革と国連軍制度の強化を進めることが必要だと考えている。そして、地域間の安全保障が安定化した後に、首脳から草の根までの地域間交流と相互依存体制の構築することによって、武装中立、場合によっては、非武装中立を目指せる環境が作れると考えている。
・今回のことで最も憤りを感じるのは、「違憲」と言われている状況で進めていること。 国連憲章において、国家の持つ自然権として、個別的自衛権、及び、集団的自衛権は与えられているものの、日本政府は長きにわたって、集団的自衛権を有していないことを憲法上に明確にしていた事実があるなかで、今回のようなに改憲手続きを取らずに法案を進めていることが問題だと感じている。 集団的自衛権を確立したいというのであれば、議論の後、国民投票によって改正を経て、集団的自衛権を確立するという結論になるというのが望ましい。
・ 国際政治に知識のある一部の人からは主張自体は正しいため、方法論は問題はないという人もいるが、方法が正しくなければ、民主主義国家では正当性は担保されないように感じる。
・ また、国民投票になった際に、国民が彼らの言う「正しい」判断ができずに、結果として、他国の侵略を受けた際に国が滅びてしまう、よって、こうした強硬な進め方もい致し方ないという主張をする人もいるかもしれないが、私は人々が自己の決定に基づいて結論付けたことであれば、その帰結を受けることは致し方ないと感じている。 また、もし彼らの言う「正しい」判断ができない人々が多くなってしまったのであれば、それは民主主義国家において、正しい教育や社会環境をつくってこなかったしっぺ返しであり、致し方ないと感じる。

"専制政治の罪とは人民が政治の失敗を他人のせいにできる、という点に尽きるのです。"(銀河英雄伝 ヤン・ウェンリー)


"民主主義とは力を持ったものの自制にこそ真髄があるからだ。強者の自制を法律と挙行によって制度化したのが民主主義なんだ"(銀河英雄伝 ヤン・ウェンリー)

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by smile-and-happy | 2015-08-23 16:09 | コラム(政治)
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